うだるような暑さが続く毎日、夏の間でも洞窟の中ならば涼しいという話を聞いた。それは最高の避暑地になるかもしれないと、日本ケイビング連盟の吉田勝次さんに連絡を取った。吉田さんはクレイジージャーニーにも出演するほどのクレイジーな洞窟探検家。その彼が日本で最高に涼しい洞窟を紹介してくれた。だがしかし「超寒いので、覚悟しておいたほうがいいですよ~」と一言、いざ覚悟を決めて避暑地へ赴いた。
“ケイビング”というアウトドアスポーツを楽しみつつ涼を求めて
富士山の北西部、深い木々に包まれる青木ヶ原樹海に到着。ここからの案内は吉田さんの弟子である山口夕佳里さんが引き受けてくれることに。彼女は現在、洞窟プロガイドとして活躍中。看護師という経験を生かし、洞窟看護師というジャンルの確立を目指している。看護師さんが一緒ならば、初心者でも安心して行けそうだ。
待ち合わせ場所で着替えをすませ、溶岩によって作られた森の中を歩く。土壌が薄く、木々の根がむき出しになった地肌には緑色の苔がはうように広がっている。どこか鬱蒼とした樹海を進むと、突如大きな穴が出現した。ここはおよそ1200年前、富士山が噴火した際に流れ出たマグマが冷え固まってできた溶岩洞窟。内部中にたまっていたガスが爆発して、入り口ができたそうだ。
樹海の中ですら蒸すような暑さ。洞窟内部の温度はおよそ0度と聞いているが、本当にこの先にそんな涼しさが待っているのだろうか……。
入り口にある急なハシゴを降りていざ洞窟の中へ。まるでゲームのダンジョンさながらの雰囲気に胸も高鳴る。入洞して間もなく日光は途絶え、洞窟内は五感が研ぎ澄まされるような暗闇と静寂に包まれる。そして、ひんやりとした肌寒さが迫ってくる。気が付けば足元は氷の上に冷たい水が流れる水たまりのよう。
辺り一面暗闇が広がる洞窟内ではヘッドライトの光だけが頼り。慎重に進まなくては、天井が低いところで溶岩にガツンと頭をぶつけてしまう。果てしない地球の歴史を全身で体感できる貴重な体験だ。
迫りくる闇、寒さと戦ったその先にあるものとは
スマホの電波は遮断され、洞窟の中は究極の別世界。静けさの中、水滴が滴る音だけが響く。山口さんにケイビングを始めた理由を聞いてみた。
しばらく歩くと、地面の湿り気も強くなり、ところどころは凍りついている。注意しないと滑って転んでしまいそうだ。ふと壁を見ると、キラキラと輝く糸のようなものが張り付いている。
こんな暗闇の世界をすみかに選び、進化した生物がいるというロマンに思いをはせる。
すると突然、洞窟の奥のほうから人の声が。そして何やら光も! まさかの地底人⁉ と思いきや、別のツアーの方々。実際に洞窟の中で遭遇して一番怖いのは人間なのかもしれない……。そんな冗談を交えてしばらく進むと、山口さんがふと立ち止まった。
山口さんはそう言って、ひとり、奥へと進む。
声をかけられて少し進むと、そこは高さ5mくらいで巨大なホールのような空間が広がっていた。大自然が生み出した造形が佇むこの空間は、まさに氷の宮殿。まるで映画のワンシーンに登場しそうな神秘の地下世界だ。
地面からポコポコと伸びる氷柱。ライトに照らされた姿は、陶酔しそうな美しさに満ちている。冬になると氷は成長するための水を失い、小さくなる。地上の四季と氷の成長は、逆転すると聞いて、ミステリアスな洞窟の魅力を再認識した。
涼を求めて訪れたが、この時点ですでに極寒。凍った地面から足元を通して冷たさが全身に伝わり、ブルブルと身震いしてしまう。洞窟の外が猛暑ということをすっかり忘れてしまうほどだ。氷の宮殿の先には細く続く道が──まだこの先に進むのか。
Written by Nahoko Matsumoto
Photo by Kenta Yoshizawa
案内してくれた山口さんが所属する「ちゃお!」は、日本で唯一の洞窟スペシャリストが運営する洞窟探検専門プロガイド団体だ。ガイドが全員洞窟探検家というのは心強い。洞窟内の氷柱をライトアップするなど、他のガイド団体にはないワンランク上の工夫とサービスが魅力である。
http://genkijin.jp/ciao/
Tel: 0586-85-9016 mail: ciao.caving@gmail.com
山口夕佳里 やまぐち ゆかり
看護師時代は『終末期医療』に携わるが、偶然に出合った洞窟探検に魅せられて転身。自身の経験を生かし、NHK『世界最大級! ラオス絶景の未踏洞窟に挑む』では看護師としてクレイジージャーニー・吉田さんとともに出演。ベトナムの火山洞窟の測量や、東京国立科学博物館と南大東島の洞窟調査などを行う。初めぼんやりとしていた『洞窟看護師になる』という夢が徐々にハッキリとした目標に代わり、少しずつ活動の幅が広げている。
※今回訪れた溶岩洞窟は天然記念物に指定されており、ガイドなしでの一般利用は不可。