儚くも、強く美しい― 生命の神秘に包まれたクラゲの魅力

2018.10.12

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儚くも、強く美しい―
生命の神秘に包まれたクラゲの魅力

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ただそこにいるだけで、見る人を癒やすクラゲ。いったいクラゲの何が、人を引きつけるのでしょうか。ある人は「クラゲを見ていると、頭を空っぽにできる」と言います。確かに、クラゲをずっと見ていると「無」になれるような気がします。ゆっくりとしたリズムに呼吸を合わせ、静かな時間の流れに身を委ねる──。そんなクラゲ観賞のひとときは、一種の瞑想に近いのかもしれません。

人間を超越した進化を遂げているクラゲたち

一説によると、クラゲは約10億年も前からほぼ姿を変えずに地球上に生息しているといわれています。そもそもクラゲとは、体の90%以上が水分でできた「ゼラチン質のプランクトン」のこと。プランクトンはギリシア語の【planktos】が語源で「漂うもの」という意味。クラゲはまったく泳げないわけではなく、遊泳能力が極めて弱いために水中を浮遊して生活しています。

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クラゲを見ていると不思議に思うところはたくさんありますが、顔ってどこなんだろうと気になりませんか?

ミズクラゲは、傘の縁のくぼんだところにある黒い点が目の役割をしているそうです。ただし、物を認識することはできず、光の明暗ぐらいしかわかりません。耳はありませんが、感覚器官で音の高低を感じることができ、音の周波数によって傘の動きが変わるのだとか。口は傘の裏側中央にあり、傘の真ん中に四つ葉のクローバーのように見えるのが胃です。透明なので食べたものによって色が変化します。

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クラゲが水族館にいる他の生物と決定的に違うところは、心臓と血管、そして脳がないということ。心臓がないのに生きているって、本当に不思議ですよね。実は、あのクラゲ独特の傘を開閉させる動きは筋肉の働きによるもので、その動きが心臓の役割をし、酸素や栄養を体に行き渡らせているのだそう。のんきに泳いでいるように見えて、実はクラゲも必死で生きているのです。

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加茂水族館の奥泉館長いわく「飼育者を引きつけるクラゲの魅力は、増え方や生き方が変わっていておもしろいところ」。

クラゲには雌雄があり、受精して子孫を増やしますが、生まれたときからクラゲなのではなく、成長過程によって形態と呼び名が変化するのが特徴です。卵からかえった子どもは「プラヌラ」と呼ばれ、お母さんクラゲの傘から離れて岩や岸壁に着床します。それが成長すると触手が生えてイソギンチャクのような「ポリプ」となり、やがて水温が下がったり一定の条件がそろうと、まつぼっくりのような形の「ストロビラ」に。このストロビラが一枚ずつ剥がれて泳ぎだすと「エフィラ」となります。その姿は、まるで透明な花びらが水中に舞っているかのよう。そして、もう少し大きくなると雪の結晶のような形の「メテフィラ」という時期を経て、成体となります。

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加茂水族館には、成長の様子が詳しくわかるクラゲ解説コーナーがあり、生まれてからの日数ごとに観察できるようになっています。クラゲの赤ちゃんは、とても小さくて、儚げです。でも、確かに動いている。生きている。今にも消えてしまいそうな小さな小さな体を、トクントクンと鼓動を打つかのように伸縮させて泳いでいる──。心臓も血管も脳もないのに、生命力あふれるその姿に釘付けになってしまいます。クラゲというのは見れば見るほど、知れば知るほど不思議な生き物です。

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クラゲの寿命は種類によって異なりますが、だいたい半年から一年ぐらいといわれています。しかし、ベニクラゲだけは特殊で、不老不死という驚異の生命力を持ち、寿命が近くなったり生命の危機を察知するとポリプへと戻り、もう一度そこから生き直すのだそうです。そんな生物が今この世に存在しているなんて、にわかには信じられません。人間とクラゲ、いったいどちらのほうが進化しているのか、わからなくなります。

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飼育が難しいからこそ、これからも挑戦し甲斐がある

クラゲは、飼育が難しいということもまた魅力の一つなのだと奥泉さんは言います。クラゲはゼラチン質のため、デリケートで扱いが難しく、魚の飼育とは比べ物にならないぐらい大変なのだとか。最初の頃は、せっかく捕ってきても一週間ともたなかったそう。それでも奥泉さんは、お客様が喜んでくれるならと海に行ってクラゲを捕り、失敗を重ねながら飼育方法を研究し続けました。結果、今では世界中の研究者がクラゲの飼育方法を聞きに、ここへやってきます。

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水族館を訪れる人の中には「もうクラゲでやっていける時代じゃない。もっと新しいことをやらないとお客さんが飽きる」とアドバイスしてくる人もいたそうですが、お客様はまったく飽きていないということを奥泉さんはわかっていました。その証拠に、加茂水族館の入館者数は4年連続で50万人を突破しています。「新しいものや変化を追いかけるだけではなく、一つのものを突き詰めることが大切。磨き続ければ必ず素敵なものになる」。だから「これからもクラゲで勝負していく」と言い切ります。すでに、クラゲに特化した次のステージの構想はできあがっているとのこと。奥泉さんのクラゲの夢はまだまだ終わりません。

最後に、奥泉さんが一番好きなクラゲは?と聞くと、意外にも、どこにでもいる「ミズクラゲ」という答えが返ってきました。「もっともシンプルなものが、もっとも美しい。そこに本質があるから」。

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見て癒やされるだけでなく、その不思議な生き方に生命の本質への尽きない興味をかきたてられるからこそ、私たちはクラゲに魅了されるのかもしれません。

Written by Sachiko Sugano
Photos by Joh Igarashi
Movies by Munsell editing room
Special Thanks Tsuruoka City Kamo Aquarium, Yamagata Mirai Lab.

Special thanks

鶴岡市立加茂水族館
山形県鶴岡市にある世界一のクラゲ展示数を誇る水族館。クラゲの飼育方法などを知るために世界中から学者や飼育員が集まるほど。来館者向けの宿泊イベントや音楽の夕べなどイベントも盛りだくさんだ。庄内空港から車で20分。JR鶴岡駅より湯野浜温泉行(加茂経由)のバスで約30分「加茂水族館」下車。

https://kamo-kurage.jp/

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