子どもの頃に出合った、空にかかる大きな虹。その美しさは時を経た今もなお、記憶にはっきりと刻まれている。
最近いつ虹を見ただろう……。ゲリラ豪雨のように大雨が降ったあとでも、虹には出合えていない。そもそも虹が出ない環境になってしまったのか──。改めて虹を知るために、雲研究者・荒木健太郎さんが勤務する気象庁気象研究所を訪れました。
虹は、太陽の光と雨粒から生まれるきらめきの色
──虹とは、どのように生まれるものでしょうか。
荒木:虹は雲から降ってくる水の粒(雨滴)に太陽の光があたることで起きる現象です。太陽の光にはさまざまな色があるのですが、私たちが目で確認できる光(可視光線)は、赤、橙、黄、緑、青、紫の6種類。普段はそれらが重なって白い光になりますが、雨滴の中に太陽の光が出入りするときに、6色に分かれるんです。
──最近、虹だぁ! と発見したことがほぼないのですが、虹が出るタイミングは分かるものですか。
荒木:太陽と反対側の空で雨が降っているときに現れます。いわゆるお天気雨のときがチャンスですね。
これからの季節、関東地方に住んでいるなら、特に夕立のあとの東の空が狙い目です。夏は山のほうで積乱雲(荒天をもたらす雲)が発達して東に動いていくのですが、夕立がやんだ直後は、東の空は雨が降っていて西の空は晴れていることが多く、虹が出る条件が揃いやすいんです。
──お天気雨の雨が降っているほうを見れば、虹を見ることができるということでしょうか。
荒木:太陽の光がさしてくる方向と、雨雲の位置関係を知ることが重要です。気象庁の「雨雲の動き(高解像度降水ナウキャスト)」など、気象レーダーで雨雲の動きをチェックすることがおすすめ。自分がいる地点の雨雲がいつ抜けるのかを把握できれば、虹が出るタイミングをさらに予測しやすくなるはずです。
──なるほど。虹は半円形のアーチ型以外にも形があるのでしょうか。
荒木:虹は本来、まん丸です。それは、太陽の反対側の空にある対日点を中心に円形に発生するから。でも、対日点は地平線より下にあるので、普段見える虹は地平線から上の部分だけのアーチ型ということです。
太陽の位置が高い日中は地平線すれすれに虹が広がり、太陽の位置が低くなる朝や夕方は大きなアーチ状の虹を見ることができます。
飛行機やスカイツリーなどの高い場所からだと、まん丸な虹が見えることもあるんですよ。
──少し虹に出合える気がしてきましたが、それでも見えない場合はどうしたらよいでしょう。
荒木:そんなときは自分で虹を作ることもできますよ。太陽を背にして少し高い位置に立ち、霧状になるホースで水をまくと円形の虹ができるはずです。それから公園などで、太陽を背にして噴水を見ると虹が見えますよ。
──太陽が出ていると、まぶしいな! とそちらに目がいきますが、反対側を見るのが、虹を見るためのコツかもしれないですね。
虹だけじゃない。空を見上げれば、いろいろな虹色の出合いがある
──虹のほかに、空で虹色を楽しむことはできるのですか。
荒木:虹以外でも、空で虹色の現象(大気光象)は起こります。例えば、割と高い頻度で出合えるのが「彩雲」。太陽が雲に隠れているときに雲のふちあたりを見ると、虹色になっていることがよくあります。
──よく⁉ そんなに簡単に雲が虹色になるのでしょうか。
荒木:雲は水滴と氷の粒が集まってできていますが、彩雲になるのは巻積雲や高積雲、積雲などの水滴でできた雲。そのふちあたりの雲粒は大きさが小さいため、きれいに光が分かれてまるで水彩画のような虹色になるんです。
彩雲の虹色が不規則なのは、雲粒の大きさが不揃いで光の分かれ方が異なるためです。雲粒の大きさが揃っていると、太陽を中心に円盤状に虹色が広がる「光環」という輪っかになります。
──雲の中の粒が水滴のときにしか空の虹色には出合えないのでしょうか。
荒木:雲の粒が氷でできているときでも、空の虹色に出合うことはできます。高い空に巻雲や巻層雲と呼ばれる氷の雲が広がっているときによく見られるのが「ハロ」。太陽を中心に視角度(空での見かけ上の大きさ)が22度と46度の位置に現れる光の輪で、これもけっこう頻繁に見ることができますよ。
──大気光象は、聞けば聞くほど奥が深いですね!
荒木:まだまだあります(笑)。飛行機や山頂などの高い場所から雲を見下ろしたとき、雲に飛行機や自分の影が映り、そのまわりに光の輪が見えることがあります。これは「ブロッケン現象」と呼ばれる大気光象。太陽を背にして雲や霧が目の前にあるときに起こります。
──飛行機に乗るときはたいてい寝てしまうので、知りませんでした……。
荒木:それはもったいない! 私は飛行機を予約するとき、航路と時間帯から太陽の位置を予測して、窓側席を予約します。例えば、羽田から沖縄までの朝の便なら、右側の窓側席を選ぶとブロッケン現象を見られる可能性が高いです。夏休みで飛行機に乗る機会も増えると思いますが、ぜひ空の上からも雲を楽しんでください。
──せっかく出合った虹色をうまく撮影するコツはありますか。
荒木:彩雲や光環の場合は、太陽が影になる場所に移動して撮るのが基本です。太陽光が直接カメラに入ると白くぼやけて虹色に撮れませんし、裸眼で直接太陽光を受けると眼を痛めてしまうので、注意して撮影してください。都会のほうが建物で太陽を隠せるので、撮りやすいかもしれませんね。
空には一期一会の美しさが広がっている──。荒木さんの話を思い浮かべながらふと空を見上げると、太陽のまわりに大きな光環(ハロ)が! 青い空を彩る虹色は、何気ない一日を特別なものにしてくれました。
Written by Rino Oguchi
Photos by Kenji Nakata
Cloud Photos by Kentaro Araki
荒木健太郎
雲研究者。気象庁気象研究所予報研究部第三研究室研究官。1984年生まれ。
茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事した後、現職に至る。専門は雲科学・メソ気象学。防災・減災に貢献することを目指して、豪雨・豪雪・竜巻などの激しい大気現象をもたらす雲の仕組み、雲の物理学の研究に取り組んでいる。著書に『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)など