「ダメだ、この日は月が綺麗な日だ」。スマートフォンの画面を何度もスクロールしながら先生は小さくため息をついていました。
その日は天狼院フォト部チームの新たな企画の打ち合わせ。プロカメラマンの茜先生とフォトイベント担当の私と、旅行担当の方と3人で、11月から始まる写真講座の計画を立てていました。そのなかで2月に「星空撮影会」を開催する話が持ち上がったのです。
「11月から第一講をスタート。基礎講座、撮影会、講評を通して“自分の色を見つける”というテーマでどうでしょうか! 途中2月に星空撮影会ができれば、合宿のようになって面白いし、6ヶ月かけて作品も集めて、そのまま4月に展示会もできそうですね!」「星空!! いいね! 絶対にいいよ! やろうやろう!」。テーマも決まった。内容もこれでバッチリ。これだったら絶対皆が行きたい。半年にわたる大きな企画にその場にいる皆がワクワクしていました。
「日程は毎月第3日曜日でいかがでしょう! これであれば参加するお客様も予定も組み立てやすいですし」。それぞれにスケジュール帳を見合わせながら、残すところは日程の調整のみ。いよいよ打ち合わせも大詰めでした。
「あ、ダメだ。その日はダメ」。しかしそこまで来たところで茜先生から急に待ったがかかったのです。「あれ? ご都合悪いですか?」「ううん、違う。私は大丈夫なんだけど……」
手には先ほどのスケジュール帳とは別にスマートフォンが。小さな画面にはその日の月が何時に出て、何時に沈むのか、満ち欠けはどうなのか。時間と方角と月の様子とが1ヶ月分ずらっと並んでいました。私にとってはとても難解な表を見ながら先生はうーんと思い悩んでしまったのです。「その日は月が明るすぎるんだ。星が見えなくなっちゃうの」
星空撮影は星一つ一つのわずかな光を捉える必要があります。一見、肉眼では確認できない弱い光さえも時間をかけて撮影しなくてはいけません。一晩中夜空を見上げてやっと撮影できる。なかには何時間もシャッターを開き続けてやっとの思いで1枚が撮れることもあります。
確かにネットで「星空」と検索すると、いくつもの美しい写真が出てきます。流れ星や天の川、さまざまな風景と相まってその夜空はとても美しい。でもその写真のどれを取っても月が一緒に写っているものはありません。星空撮影にとって月の光は「光害」。月のような大きな光源があると、その光が邪魔をして、瞬く星空はどうやっても撮れないのです。
「そうか、それは困りましたね」
一つ一つの光はどれも小さく、弱い。けれどその小さな光をゆっくりと見つめて、丁寧に集めてシャッターを切れば、それは何よりも美しい星空になる。小さな力が集まれば、それはいつか大きな力に打ち勝つことがある。まるで子供の頃読んだ「スイミー」のように、弱きが集まり、強きを撃つ。そんなストーリーを思い出して、その日ばかりは月を何か邪魔者のように感じました。
夜から始めた打ち合わせはすっかり時間が経っていて、カフェの閉店時間とともに私たちは一時退散しました。
帰り道、この、月め! と恨めしく空を見上げると煌々と輝いている満月がそこにはありました。
さっきまであんなに憎たらしいと思っていたのに、いざその光を見つめると、唯一無二の輝きに、とても凛とした強さを感じました。また、そこに強く惹かれている自分がいました。
あぁ、綺麗だなぁとその美しさにため息をつきながら、もしかしたらこれは夜空に限ったことではないのかもしれないと、ふと考えることができました。
どんな世界にも大きな光はあります。もちろん人の世界にも。個で力を持って強く輝いている人を見かけると「あの人は特別だから」と自分とは違う存在として何か線を引いてしまうことがあります。ときには存在を敵視してしまうことさえある。
私は小さな星であって、同じように小さく輝く星と並んで集まって安心している。自分一人では弱くても、みんながたくさん集まればそれだけで何よりも強い力となった気がしてしまうのです。そこで仲間意識が生まれると、個々で強い光を持つ人は、強いという理由だけで敵視されてしまうときさえあります。
でも、その反面私自身、星の一つだと認めているからこそ、強い光に憧れ、惹かれてしまうのです。いつかは私も自分らしさを見つけて輝けるのではないか、あの月のように、確固たる自分だけの輝きを見つけられるのではないかと、強く憧れてしまうのです。個として自分の光を持つ月はいつだって孤独だけれど、だからこそ強く、美しく輝く芯のある光なのかもしれません。
恨めしいほどに憧れるあの月のように、唯一無二の自分の光でいつか私も輝くことができますように。
Written & Photos by Natsumi Yamanaka
天狼院書店とは
京都、福岡、南池袋、池袋駅前、2018年4月には「Esola池袋」、さらに「スタジオ天狼院」を加えて全国に6拠点を構える新刊書店。「READING LIFE」をテーマに掲げ、本を読むだけではなく、その内容を「体験」を通してさらに楽しもうと、連日さまざまなイベントを開催している。
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